書籍『知られざる日本の恐竜文化』

……寝転んで気軽に読もうと思うと、イタい目にあう。できれば鎧兜の重装備で読み始められることをお薦めしたい。そこまでして、と思われるかもしれないが、それだけの価値のある本である。……
http://www.amazon.co.jp/%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%96%E3%82%8B%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%81%90%E7%AB%9C%E6%96%87%E5%8C%96-%E7%A5%A5%E4%BC%9D%E7%A4%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E9%87%91%E5%AD%90-%E9%9A%86%E4%B8%80/dp/4396110804
 手ごわい本である。読みづらいわけではない。むしろのりのいい筆致で書かれており、どんどん読み進めることができる。このあたりは、さすが金子隆一氏である。  しかし、寝転んで気軽に読もうと思うと、イタい目にあう。できれば鎧兜の重装備で読み始められることをお薦めしたい。そこまでして、と思われるかもしれないが、それだけの価値のある本である。  恐竜ビジネスについてというのが、もともとの企画の趣旨だったという。そりゃ、誰だって、あれだけひんぱんに放映される恐竜番組や大規模な恐竜展を見ると、そこには大きな商機があるように思う。  しかし、調べてみると、これが予想外に底が浅い。恐竜展といっても儲かるものではない。そもそも、お金を出すはずの恐竜ファンでさえ、どれほどいることか。同じようなマニア的な分野でいえば、たとえば鉄道がそうだが、ファン向けの雑誌が何種かあって、それぞれに部数を確保しているようなのに、恐竜雑誌が続いたためしがない。おまけに鉄道ファンはマニア度を高めるほどに模型など投じる金額が増えていくものなのに、恐竜ファンときたら、マニア度を高めるほど、専門書など、まったくビジネス機会とは離れたところに入り込んでいく。  恐竜は、ビジネスに向かない。  そんな「恐竜ビジネス」の実像を描くのが、第1章である。恐竜ビジネスに期待を抱いていた読者はここで、自らの幻想を粉々にくだかれる。ファン雑誌のたとえのように、実感的に分かりやすい説明、あるいは具体的な推計を踏まえた恐竜展の損益など、説得力の高い内容となっている。  さらに気をつけなくてはいけないのは、第2章だ。ここで著者の刃は、恐竜ビジネスを考えていない、自分なりに「恐竜ファン」と思っている読者にも向かってくる。たとえば、次のような部分。
 ……クビナガ竜や魚竜は恐竜ではない。(中略)翼竜も、直立歩行はしないから恐竜ではない。  こう言われると、あれっ? と思われる方もずいぶんおられるだろう。クビナガ竜は海の恐竜ではなかったのか? 翼竜は空を飛ぶ恐竜ではなかったのだろうか?  そう、それらはすべて、定義上、恐竜とは別の生き物なのである。  今さらこんなことを言わなければならないという事実が、すなわち、日本における恐竜の本当の地位を象徴している。
 自分もだ、と冷や汗をかく人も多いと思う。もちろん、著者は読者を攻めているのではなく、こうした形でしか「ブーム」を生み出せない現状を嘆いているわけなのだが。  こうした日本人の姿勢を生んだのは、怪獣映画の影響もあったと著者は指摘する。本書で述べられているのは「ゴジラ」以降の影響だが、ここはもっと遡ってもいいかもしれない。先に紹介した『ニッポンの恐竜』http://kyoryu.info/a/1969に紹介されていた「ニッポンリュウ」発見を報じる1935年1月16日読売新聞夕刊には、『樺太にもいた! 怪獣「恐龍」の化石』という大見出しが踊っていた(p105)。こちらは「キングコング」からの影響である。  ぼくら一般人にとって、恐竜は、そんな空想の世界から出てきたリアルな物語だ。重要なのは、現実にいたという全体的な事実であって、恐竜の科学、あるいはその細部への興味はもともとないのかもしれない。  第3章では「恐竜学はオタクの科学」とし、アメリカの古脊椎動物学会(SVP)を「オタクの祭典」として紹介している。ここではもちろん、オタクという言葉を前向きの敬称として利用している。  第4章では、日本が生んだ恐竜文化としてフィギュアなどの紹介をする一方、恐竜雑誌『恐竜最前線』の挑戦を語る。3章から4章への流れは、80年代にSF大会に出たりしていたぼくにとっては、同時代の息吹を感じる部分であった。  続く第5章がまた手強いのだが、今度は「天体衝突説」や「分岐分類学」への疑義をはさみつつ、研究者の姿勢に刃を向けている。いわゆる「業界」を攻める本だと思っていたら、いつしか本丸まで足を伸ばしていたわけである。  そしてその上で、オタクを究めるべし、とエールをおくって、本書の幕は下りる。  怖い本だ。  しかし、ぼくはこれを、丹波竜の発見で盛り上がった地域の人たちすべてに、まず読んでほしいと思った。第1章と第2章を読むだけでもいい。それだけでも、十分に価値がある本である。  この本を読んで恐竜を活かした地域づくりに取り組むのと、読まないままに取り組むのでは、姿勢が違ってくる。ぼく自身は、この本を通してずいぶん頭を冷やしてもらったし、恐竜を語るのにずいぶん慎重になった。今でも、ここに文章を書くのに、こわごわ書いている。  しょうじき、慎重になりすぎるきらいはある。そういう意味では、副作用が強すぎる本ではある。恐竜に興味を持った入門者に、いきなり剛球を投げつけて退場させるみたいなところもある。だがしかし、良薬口に苦しである。  心を強く持とう。そして、本書を手にしよう、丹波の同志たち!
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